Update – 日本画を更新する –

2021年10月19日(火)-10月30日(土)
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市川裕司、木島孝文、財田翔悟、中根航輔の展覧会「Update-日本画を更新する-」を開催します。
本展の四人の作家たちは、それぞれ美術系大学、大学院で日本画を学び、伝統的な素材、技法を駆使し、時代を受容しながら、自らの表現を追求しています。造形的な美と、現代らしいコンセプトの両方を兼ね備えた作家達です。
本展の展覧会名であるUpdate(更新する)は、スマートフォンのアプリケーションを「アップデートする」など、私たちに身近な言葉となりました。更新という言葉は、社会とつながりながら、自然な流れとともにあるような、内発的で、断続的に変化する、前向きな響きを持っています。
副題にある通り、明治に入ってから生まれた日本画を更新し、また旧来のジャンルを取り払って、そのものにまとわりつくイメージや鑑賞者たちの態度を自由にし、更新していくという意味も込めています。
そして、市川、木島、財田、中根の作品が、皆様の美術との関係を更新していくきっかけになってくれたらという願いも込めました。

竹内春香(埼玉画廊)

 

 

市川裕司は、世界、生命、人間など根源的な問いをテーマに、作品を制作しています。箔や墨など伝統的な素材を使用し、大型のインスタレーション作品は近年ホテルのエントランスやロビーを飾るなど、活躍の場が広がっています。
市川は、人間の化身として、作品にリンゴを使用しています。
リンゴは、私たちの生活に身近な果物でありますが、古くは聖書に登場する果実であり、現代では国際的に知られる会社名、そのマークでもあります。時間、空間を越えて、作品の視点が広がるモチーフは、独善的になりがちな美術作品において鑑賞者とのコミュニケーションツールとして機能することに成功しています。
2014年より発表している《世界樹》のシリーズは、《TOKYO BAY AREA STORY》へと展開しています。これらの作品は、箔押しをした短冊状の透明フィルムで構築され、空調や人の動きなどの流れに合わせて揺らぎます。図案では、リズミカルにリンゴの影を抜き、あえて箔押しのズレやひび割れの表情を魅せる軽快さがあります。また連続した箔押しによる均一な画面構成は、絵画や建築などに見られる日本の様式美を想起させるだけでなく、世界的アーティストである草間彌生や桑山忠明らミニマル・アートに通じる美意識も感じさせます。
本展の出品作であるシリーズ《EARTHLING》は、民間人の宇宙旅行実現のニュースに着想を得て、宇宙から見た人類の姿をグローバルよりもさらに俯瞰した視点から捉えたものです。市川の言う「日本画との距離感」を楽しみながら、宇宙がますます身近な存在となる未来を感じて頂けたらと思います。

 

木島孝文は、世界の神話や民話に出てくる動物や花などを単純化し、抽象化したモチーフをもって、「人間の営みを表現したい」と話します。作品に登場する生き物は、その意味するところがそれぞれの土地や話によって異なり、それが見る者にとって自由な解釈を与え、作品としての広がりを持たせます。
タイルやセメント、砂、水晶末、鉄などを重ねて作り上げた作品は、物質としての存在感を際立たせ、地中から掘り起こしてきたような、その物の持つ物語、辿ってきた時間の層、そしてある種の神聖さを感じさせます。
木島の作品のもう一つの特徴は、そのダイナミズムです。《A.R.#496“Citrus” Paraíso》はおよそ8m四方の作品であり、《A.R.#994“Veronica”わらう獣、山羊と花》から《A.R.#996“Veronica” 魚(the Fish)》とつながる連作は現在も制作中で、全てをつなげ合わせると全長100mほどになる計画だといいます。建築構造物のような重厚感のある作品ですが、圧迫感ではなく、不思議な包容力があるのは、古来から人間の傍にい続けた動物たちの親密性に拠るところかもしれません。
地球上のあらゆるところにある壁画や岩面彫刻のように、人類の記録のようにも感じる作品ですが、本展では、大作を展示することができませんが、木島の紡ぐ記録の一端をご覧いただきたいと思います。そして、木島が憧れ続ける葛飾北斎のような、幾何学的に整理された隠れた構図もまた、見どころの一つです。

 

財田翔悟は、自らの身近な存在をモチーフに、様々な表情を持つ黒の面を基調とした作品を制作します。特に印象的な光沢のある面は、伝統的な漆の技法を応用し、絵の具を乗せた綿布を、紙やすりや研磨剤で磨くことで作り上げます。漆黒の闇に向かっていくようなその行為を、財田は「自分の内側を掘り下げていくような感覚」と語ります。
財田はまた、説明的な背景をほとんど描きません。ニュアンスのある単色あるいはモノトーンの背景に、愛着のあるものたちの表情やしぐさが強調され、観る者は作家の意識的、無意識的に投影された感情を共有することになります。
そして、黒い面は、自分の内と外を隔てる境界の役割を果たしているようにも感じられます。2019年制作の《欠乏症》は、弱ったような主人公が、漆黒の人間を執拗に抱いています。世界が意識の集合体であるならば、他者と自分が感情を共有するのは不可能であり、交わることが難しい。財田の言う「他者が個々に持つ幸福の形と私のものには大きな隔たりがある」ことの真理を表現している作品だと感じます。
心理学者の河合隼雄は、「人は、自分の物語の中で生きている」と言いました。財田の黒は、自分の物語に没入する装置であり、光を包むために存在するあたたかな闇のようです。

 

中根航輔は、画面を箱庭に見立て、岩絵の具を用いて物質性を際立たせ、普段私たちが無意識に持つものの見方や固定観念を転換し、その本質を問う作品を制作しています。
“見立て”とは、代表的なもののひとつに、南北朝から室町・戦国時代にかけて禅宗寺院で流行した枯山水に見られる表現があります。京都の龍安寺方丈庭園(石庭)や東福寺本坊庭園などが有名ですが、狭い空間の中に、水を使わずに石と砂だけで、川の流れや大海へと続く様などが表現され、絶妙に配置された石に目と心を遊ばせ、飽きることなくそこに没入することのできる世界です。
中根が近年取り組む《Hako-niwa》シリーズは、一見して目を引く鮮やかな有色の面に、作家の精緻な手仕事とわかる錆やもろさを感じさせる物体が、ところどころに配置されています。人の手が入る前の真新しいもの、朽ちていく金属のような古いもの—この相反するもの同士は、互いを引き立て、土台となる一点の曇りのない面は、常に手入れされ、塵一つなく掃き清められた庭を想い起すような、潔癖な美を感じさせます。
一方で、コロナと共に変容する社会に生きる私たちにとってみれば、これらの作品は、取り繕ってきた社会の表層から浮き出たほころびが脆く崩れ、そして更新されていく様をみているようにも感じられます。「時間を可視化したい」という作家の意図を越えて、私たちの心に響く作品です。

市川裕司 木島孝文 財田翔悟 中根航輔